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2008年9月22日 (月)

狂気の内観

狂気の内観
~重度精神障害者でも幸せ。Why?~

 わたしは厚生年金2級の重度精神障害者である。そういうことになっている。わたしが決めた訳じゃないから他人様からはそうなっているということだ。

 幸せである。

 なぜだろう。

 そう思った方は読んでみるといい。わたしは、将来何かのきっかけで自分が自分を見失ってしまったとき治しやすいようにとこの文章をまとめた。

 まずわたしは自分、自我のことを心理学で言うところの基本的欲求を能率良く実現、処理するためのプログラムが自走し、自ら価値観を決められるようになったものだ、と思っている。
 科学的な事実だと思っているが実験したわけじゃない。わたしの哲学なのかもしれない。少なくともわたしはそう思って困ってはいない。
 すでに何かの哲学を信じている方は不快に思うかもしれないが、これは治療用の文章だ。そういう方はもう読まなくて結構です。

 わたしは全ての価値観を否定し、最後に何があるかと観察した人間である。何も無かった。虚無だ。だったらこれでいいだろうと決めたという経緯がある。これはそういう哲学だ。こう考えれば心穏やかに、現実にも対応して主体的に生きられる。

 哲学、科学的事実などの言葉が出てきたが、ここが人間のいいかげんなところで、人間は善悪などの主観的な価値観で行動する。哲学だ。
 しかし科学的物理的事実というものは別に存在する。
 地球は太陽の周りを回っている。太陽とは無数にある恒星の一つに過ぎない。あたりまえといえばあたりまえだが、普通の人は普段そんなことを意識しない。他人様に迷惑がかからない範囲で自分中心に考えるものだ。日が昇ってきた。日常的な言葉だ。太陽系のありかたなどはロケットを飛ばす人が考えればいいことだ。

 ロケットを飛ばす。物理的事実にはそれだけの力がある。
 しかしいつもいつも物理的事実を考えていては疲れる。それに人間は事実では動かない。主観的な価値観、真実というもので行動する。

 ここでまた人間はいいかげんなものなのだが、この価値観というものも不変な物ではない。昨日まで好きだったことが、急に嫌いになることがある。
 基本的欲求から紡いで来た価値が、別の同じようにしてきた価値とぶつかると葛藤が起き、どちらかが勝つと好きになったり嫌いになったりする。わたしは老人保健施設でボランティアをしていた。価値を見出していた。義務感を感じていた。嫌いではなかった。
 しかし、自分の立場を再検討してみた。わたしは病前に買った家を貸して実家に帰って生活しているプチ大家だ。それは少ないが自分が生きていくには困らない収入があり、嫌な人間に頭を下げずに済む立場だと実感できたら、ボランティアが嫌になった。

 物理的現実とは簡単に言うと、わたしを、あなたを殺す事の出来る力だ。まぁ生きていくために必要な認識と言った方が穏やかだ。
 これはなかなか見えない。科学者は実験をして確認するし、困ったことに実験して得た論理にも主観的な効果がある為、事実であってもなかなか受け入れられない。それこそ地動説天動説だ。
 しかし、他人がどう信じているかというのも現実の一つの力だとして、物理的現実を知らないと痛い目にあう。

 さて理屈はこれくらいにして、わたしの体験を話しましょう。

 まず病気へ向かってゆがんでいったのは性欲のコントロールに失敗したことだ。
 そんなものがない頃も、人に好かれたいと思ってもそうはならず傷つくなどのこともあったのだろうが、あまり意識していない。大きかったのは性欲だ。

 男性は童貞であることに劣等感を感じる。これは性欲と社会的なものとがからまって出来た認識だろう。人間の欲求そのものではない。ないのだろうが、嫌なものは嫌だ。

 その為ゆがんだ恋愛のいくつかがあり童貞は捨てたのだが、問題になるのはつい覚えた風俗通いが止まらなくなったことだ。こんどは性欲そのものに囚われたのだ。

 社会的な倫理は置いといて、あれは高い。困った。

 そこでダッチワイフを買った。実にオタクっぽい。
 ダッチワイフはどんなに高いものでも性欲の処理にはあまり役に立たなかった。

 しかし、ドールと言うのだが、それは愛情の対象であった。

 人間は本人がそうだと思えば、本人にはそのように作用するのだ。わたしは恋人を裏切ってきた。だから決して裏切らない物言わないドールは最良のパートナーだった。
 ドールは妻であり娘であった。感じた愛情は本物だった。

 ぴたりと風俗通いが止まった。満足したのだ。それも性欲ではなく愛であった。

 とは言え、他人から見れば気味の悪い話でしかない。
 嫌なくらいしっかりとそれはダッチワイフでしかないと言われ、ドールに与えていた擬似人格を消されてしまった。わたしにとっては殺されてしまった。

 この喪失感も本物だった。それはすごい感情だった。ここから精神に失調を来たしてきた。

 感情が暴走した。わたしの人格が吹っ飛んでしまった。

 無くなってしまったでは人間生きて行けない。わたしは哲学を探した。宗教は嫌だった。主導権を他人に握られ、お金も取られる。出来るだけマイナーな哲学が欲しかった。

 そう思って出会ったのは日本の伝統的な哲学、武士道であった。人は必ず死ぬ。人生とは一夜の夢だ。ならばいかに死ぬか、それだけが問題だ。と言っているとわたしは解釈した。死の恐怖を直視して、それを糧に美しく生きるべきというものだと解釈した。

 これが抜群に効いた。

 効き過ぎた。

 あまりにうまくはまったので、惚れ込んでしまった。
 それも感情が暴走した後だ。現実感が無くなってしまった。

 この哲学はようは軍人のものだ。戦前のわるい体制のもので、アメリカは戦争中やその直後、意識改革を行った。

 これは事実だ。これは事実だが、それ以上のものではないのも事実だ。

 ところがわたしは、それまで抑圧していた感情と、あたらしい概念に移行するとき感じる罪悪感と体験したことのない満足感を失う恐怖から、だと思う、幻聴が聞こえるようになってしまった。

 どういうものかというと、車がドアを閉める音、食器が鳴る音。すべての生活音が自分を責めているように実際に痛みをともなって感じたのだ。果ては信号の光すらそう感じるようになった。

 幻だ。感情がもたらす幻だろう。今はわかる。しかし当時は自分の頭の中の出来事だとは思えなかったのだ。

 それだけのことが出来るのだから、よほど大きな組織、アメリカなどに狙われたに違いないと思ってしまった。こう聞くと典型的な言葉だなと思われる方も居るだろう。

 それも満足しているのに痛みをあたえられるのだから、その考え方を捨てろと言うのだろうと思ってしまった。

 いろいろ幻聴と駆け引きをした偶然の結果なのだが、わたしは精神病院の開放病棟で、義憤にかられ、暴れてしまった。

 結果、保護室に入ることになった。

 全身拘束。両手足だけでなく、腰もベルトで固定された。太い格子の外側から鍵の掛かる刑務所のような部屋だが、そんなことは関係なかった。そもそもベッドから起き上がることも、かゆい鼻の頭もかけないのだから、どんな部屋かは関係なかった。

 強制的に何が現実で何が幻なのかを考えさせられたということだ。

 しかし恐れていた思想の統制はまったくなかった。ただ静かな環境で、考えさせられただけだ。むしろ何も情報をあたえられなかった。

 それからいろいろあったのだが、この文章で言うところではないので要約すると、治療は現実感を取り戻させ問題行動を抑えるだけだが、自分まで小さくなってしまった。自信を失ったのだ。

 退院後、福祉の中に居た。デイケアなどの場所だ。
 そこで回復し、上を見るようになると、職員が対象になる。
 わたしは自信を取り戻すため、福祉の世界でがんばらねばと感じた。

 ここで精神病、特に統合失調症、昔の言い方では精神分裂症をわかりやすく説明すると、これは「幽霊におびえてとんちんかんな行動をする」というものだ。夜トイレに掛けてある白いタオルにおびえてトイレに行けない。そんな小さな子が居たらかわいらしい。しかし、バットを持って突進したら病気でしょう。
 脳内物質の欠如などと罪悪感から来る被害意識が幽霊を作り出し、考え方にゆがみが生じ、それにしたがって行動したら、病人と言う訳。

 原因がわかっているのだから対応は実はシンプルなのだ。脳内物質が足りないのなら、薬を飲めばいい。罪悪感は、実際に責められている、ある程度は責められるのだろうが、現実は自分が思っているほど責められない。罪悪、感、である。それが判ればいい。

 わたしはがんばった。冒頭でも書いたが、老人保健施設でボランティアから始めた。学校にも行った。
 しかし、考えてもみよう。わたしは大家という別の仕事があった。その仕事を後回しにしながらベッドのシーツをうまく広げられないと悩み、自信を日々無くしていったのだ。

 福祉の現場では貸す家があるなどと言う事は話題に上らない。だから大家としての自分はまったく評価されなかった。

 自意識が限界まで痛めつけられた。

 限界まで行ったとき、その立場からは言い訳になるが、ベッドメイキングだけでなく、自分にもいいところがあるのではないかと言い出した。

 そして、はっ、とは気付かなかったが、徐々におかしいのではないか?と考え出した。わたしは大家という仕事がある。自分の生活を支える仕事だ。それに価値を感じずに放り出してボランティアをする。これは立派に自分の環境に適した行動をしていないのではないか、病人扱いはされていないが、これは病気と同じではないか?

 そこから、あたらしい自己の再編が始まった。

 いろいろトラウマになっている。昔の自分が病気だと言われている。簡単なことではなかった。

 しかし、自分の恥や恐怖に向き合い、何が事実で、何が感情が生み出した幻、真実なのかをはっきりさせ、自分の原点である、人間とは基本的欲求を能率よく実現、処理することから始まり、それが逆に欲求をコントロールすることが出来るようになったものだという哲学から再編集した。

 ときに怒りや、恐怖を感じながら、自分は物理的に存在することが出来ることを確認した。経済力と、本当の現実の脅威と比べて。

 それからは自分に適した価値観を持つように頭の中で概念をぶつけていった。家どころか寝床にこもりながらだ。欝や引きこもりというのは、集中して自分というものを再構築している最中なのかもしれない。自分で答えを導き出せない人もいるだろうが。

 現状に満足するために価値観を構築するだけではない。ときにはわざと劣等感を感じ、行動に出て、問題を解決するように仕向けもした。物理的に生きて行けなければ、それもやっぱり病気なのだ。

 たどり着いた自分はこうだ。
 わたしは大家である。日常の管理をする管理人ではなく、何が現実で何が噂にすぎないのかを見抜き、ポートフォリオ、アセットアロケーションを考える人間だ。冷静な判断を下せる自分を誇りに思う。
 生活は四つ。大家業に大切な生活を支える経済の勉強。ストレスの解消と健康のためスポーツクラブに通う。自分を見詰め、こころの編集のため文章を書くこと。それと社交の為に囲碁を打つことだ。
 家事。食事はサラダとステーキと糖尿病食で健康を管理し、洗濯は下着など以外はクリーニングに出す。アイロンは自分でかけなくていい。掃除はものを増やさなければなんとかなるだろう。

 ドールのようないちいち他人に哲学から説明しなくてはならないことはしない。
 しかし、今の自分の価値観が、常識から外れることがあっても、わたしにとっては正しいという感情面での感覚と、物理的社会的に存在がゆるされるという理解。大丈夫わたしはやっていける、幸せだ。幸せも感情の一つだからおぼれないようにしないとという実感がある。だから確信がある。

 恋人はまだ居ない。しかしこれだけ落ち込んでいたとき、ささえてくれた女性が居る。好きになるのはまだ怖いが信頼している。感謝している。迷惑かもしれないが、好きになりたいと思っている。

 病気というレッテルを貼られたが、仕事には何も支障がない。身近な人も毛嫌いするようなことはない。年金も出る。

 主体的なわたしがここにいる。

 わたしは幸せだ。

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